でこぼこ三人衆 Presents


- 第4話 豆腐地蔵-



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文京区はの白山より「豆腐地蔵」のお話しです。

今までいろいろな地蔵様にお会いしてきたけど、豆腐地蔵とはまた珍しい名前の地蔵様なんだけど、
実際に調べてみると白山に限らずに各地に同じく豆腐地蔵が祀られているお寺があると言う程に、
意外にもメジャーなお地蔵様らしい。これはとても興味深いので早速ご紹介しましょう。




こちらが今回の舞台となるのは曹洞宗喜運寺。
慶長元年(1596年)に開山されたんだそうです。
今一つ慶長という時代がピンと来なかったので、調べてみたら戦国時代なんですね。
豊臣秀吉がまだいた時代ですよ。これは凄い。

という事で、今回は豊臣兄弟がドラマでやっている事もあり、
秀吉の格好を真似てみました!
しかし、派手な兜ですね~!絶対戦場で目立つでしょw




そんな歴史があるのに、ここは全体的にとても綺麗で真新しささえ感じますね。




そもそもこのお寺、明暦3年の正月、
あの江戸城天守閣が焼け10万人が焼死したという明暦の大火で
ここも燃えてしまったために現在地に移転したのだとか。




こちらは本堂ですが、本堂には「地蔵菩薩像」が今回紹介する
「豆腐地蔵菩薩」とは別にあるそうです。




という事で本堂の前にちょこんと存在するのが「豆腐地蔵」こと、「延命豆腐地蔵尊」と言うこちらのお地蔵様。




では、豆腐地蔵のお話を。







江戸時代の享保年間、お寺の門前にある豆腐屋に、
毎晩のように豆腐を買いに来る愛らしい小坊主がいました。




しかし、主人が代金を確認すると、小石や木の葉に変わっていました。




主人が「さては狐か狸の仕業だな」と企み、ある夜こっそり小坊主の後をつけたところ…




寺の境内にあったお地蔵様の中にすっと消えていきました。小坊主はお地蔵様の化身だったのです。




これに深く感動した主人が、それ以来、お地蔵様を深く信仰するようになり、
毎日のように豆腐をお供えして祈願するようになりました。

これがきっかけで「豆腐地蔵」と呼ばれるようになったというお話。




東福院の豆腐地蔵(東京都新宿区)のお話




手の付けられない強欲な豆腐屋を改心させるため、
お地蔵様が僧侶に化けて豆腐を買いに行ったという伝説です。




僧侶が払ったお金が毎回木の葉に変わることに怒った豆腐屋は、
怒り心頭、ある日また僧侶が豆腐を買いに来ると…




なんと!手にした刃物で僧侶の手首を切り落としました。




しかし、滴る血をたどっていくと東福院の地蔵堂で跡が消えてました




豆腐屋は自身の行いを悔いて善人になったと伝えられています。
傷や腫れ物が治るご利益があるとされ、豆腐がお供えされます


山形県鶴岡市の豆腐地蔵のお話




藪の中で倒れていたお地蔵様を石工が見つけたのでした




石工は「豆腐石にいい石だ」と顔面を一撃したところ、三日三晩意識を失いました。




夢枕に立った地蔵に「悔い改めよ」と諭され、石工は心底猛省し、
子々孫々まで豆腐を供えることを誓ったのだった




すると石工の意識が戻ったという伝説があります




なるほど。
何か、お蕎麦だっけかな?でも同じような話があったような無かった様な…




この時代だから豆腐だったり、蕎麦だったり、蒟蒻だったりだけど、
これが何百年も先に今の現代で伝承が残されたら、
どんな地蔵様(そもそも地蔵様が残ってるかもあるが…)が
一体なんて地蔵様が言い伝えられるのだろうかを思わず想像してしまう訳ですよ

とりあえず「拉麺地蔵」や「焼肉地蔵」なんかはありそうだな。
あとは「タピオカ地蔵尊」とかあったら、その時代背景が良く反映されていて、
それでどの時代なのかが分かり易いかもね!

でもさ、

残念なのは生きてるうちにその答えを知ることが出来ないってこと、
そして、今の時代は国内に移住する外国人も増え、
お地蔵様も敬う分化や伝統が無くなっていくんじゃないかって不安もあり、
少しでも多くの民話や伝承、そして伝説を残せたらと切実に思うんです

ではでは





民話伝承999🄫