でこぼこ三人衆 Presents


- 第3話 有馬の猫騒動-



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ども!葱太郎です!

さて、今回は港区は赤羽橋駅の近くからお届けします!

港区三田には当時、広大な土地を有した「久留米有馬家の上屋敷」がありました。
場所は地図を見て頂けると分かりますが、三田国際ビルの付近、
現在の東京都済生会中央病院がある辺りになります。




とりあえずは、Googleマップのナビで赤羽橋駅から移動。




で、到着したけど行き止まり。
色々な角度から探してみたけど、やはり行き止まり。

再度、調べてみると今は赤羽小学校の体育館の裏がそうらしい。
とは言え、このご時世ですからね、
部外者が小学校の校内に勝手に入るなんて自由には出来ないんで断念しました。
(許可得れば入れるらしいですが…)




そんな訳で、いきなり頓挫してしまった感が否めませんが、
今回のお話である有馬家の「有馬猫騒動」については、
お話しの詳細を、国立国会図書館デジタルコレクションにて、
全文が見ることが出来ます。

って、おい!
じゃあ、後はそちらをご参照下さい!
なんて訳にもいかないので、
勝手にお話を始めたいと思います
ちょっと長い話なので、最後までお付き合いのほどを宜しくお願いします




- 化け猫 -
有馬の猫騒動







久留米藩21万石の8代藩主、有馬中務太夫頼貴夫人は、
雲洲松江18 万石松平出羽守の息女千代姫であった。




輿入れと共に付け人として従ってきた高尾重左衛門の姪のたきは、
関屋といって奥方付きの女中となった。




ある日の奥御殿での酒宴の最中に子猫を追いかけて1匹の犬があばれ込んできた。




追われた子猫は、殿様の背後に難を避けたが、
たけり狂った犬は殿様に嚙みつこうとした。




お側にいた関屋はとっさに手水鉢の鉄柄杓をとって、犬の眉間を一撃して殺し、
その死骸を手にとり早く取りかたずけた。




この関屋の機敏な振る舞いに殿様は感心され、当座の褒美に何なりと所望せよと言われ、
関屋は逃げ込んだ子猫の助命とその拝領をお願いした。




殿様は今さら、その機敏さと無欲ぶり、それに加えて猫の助命を乞うという優しさに心ひかれた。
いつしか関屋は殿様の寵愛を受けるようになり、名もお滝の方と改めた。




しかし、今まで同輩であった奥女中たちは、嫉妬心を燃やした。
まして彼女は他藩の者であったので、久留米家中から上がった奥女中たちは、
事ごとくにつらくあたったのだった。




特に老女の岩波はひどくいじめた。
お滝の方の母は、色情のために松江を離れて江戸に流浪した女だという噂が立つと
さげすむ心も手伝って、一段といじめ振りがひどくなっていった。




心の優しいお滝の方は、これに悩み苦しんだ末に自殺してしまった。




お滝の方に新しく仕えていた武家出の女中お仲は、主人の非命の最期に憤檄し、
奥女中の頭である老女岩波を討って、主人の仇を報いようと決意した。




機を狙って、老女中1人を殺し、老女中の部屋に乱入したが、
岩波は薙刀の名手であわや返り討ちになろうとした。
その時不意に1個の怪物が飛鳥のように、岩波ののど笛に飛びつき、喰い殺してしまった。




その怪物は、お滝の方に助けられて可愛がられていた猫であった。

お滝の方の自害と、老女岩波の変死で、江戸有馬家の奥向きは大騒ぎとな ったが、
万事内々に事を済まそうとした。




お滝の方の親元へ、金子50両それにお滝の方の手箱にあった金子30両、
合わせて80両を実弟の与吉に母の元に持参させて、事を秘密に済まそうとした。




この大金を託された与吉は御殿を出る時姉の死をかなしむあまりに心ふさいでいて、
この大金を御門近くで取り落とし再び拾い上げて懐にした。




これを見ていた足軽の鳴沢小介は、与吉のあとをつけて行き、
江戸に出奔して来ている母親と与吉をだまし討ちにして80両の大金を奪って帰った。




これを同輩に勘づかれた鳴沢は、この同輩も殺し犯行をくらますために、
怪物に食い殺されたように見せかけ、与吉から奪った財布を首にかけて置き、
中身だけ懐にして行方をくらまそうとした。




その時またしてもお滝の方の愛猫が飛び出してきて、鳴沢ののど笛に喰いついて殺し、
火の見櫓に引き上げた。




二人の人間を喰い殺した猫は、血に狂ったか、狂い猫となって、
有馬の家中の者に仇をし始め、
お滝の方に代わって殿様の愛妾となり、妊娠中のお豊の方と、
そのお付き女中を、まず喰い殺した。




その後、藩士山村典膳の病中の老母を喰い殺して、この老母に化けていた。




典膳はそれを知らなかった。ある時、殿様に従ってお庭に出たところ、
怪しい獣が不意に現れて殿様を襲った。




典膳は抜く手も見せず、一太刀あびせた。




帰宅すると、老母の眉間に傷がある。




これは不思議と思った典膳はそれとなく老母の挙動に注意していると、怪しい節々が多い。




典膳は怪猫が老母に化けていることに気づき、退治しようとしたが取り逃がしてしまった。




この頃、有馬家のお抱え力士小野川喜三郎は、
殿様に特に愛されている温情に反して、雷電為右衛門に負けた。

負けた小野川は雷電を九段坂に待ち受けて、遺恨晴らしをしようとした。
両人まさに刀を抜いて血の雨を降らそうとする。
その時、久留米藩士柔術師範犬上郡兵衛が中に割り入って仲裁した。

この事件により小野川は、御前を不首尾にして出入りを差し止められた。小野川はおわびのため。
何か手柄を立てて、殿様の勘当を許されたいと願っていた。
その末、山村典膳と力を合わせて、赤羽根藩邸の火の見櫓にひそんでいる怪猫を退治し、
再び有馬家のお抱え力士に返り咲いた。




江戸時代末期に久留米藩の有馬氏に関連する怪猫の伝説です。
この騒動は、狂犬に追われた猫を助けた侍女が、嫉妬心から陰湿なイジメを受け、
最終的には化け猫に殺されるという悲劇的な物語です。
最終的には、有馬家の力士が命を懸けて退治します。
この伝説は、化け猫のイメージが作り上げられていったことを示しており、
江戸時代の日本人の生活や文化を反映しています。




という事で、この時の猫の怨念を慰めるために「猫塚」を建てたそうです。
猫塚はネットで検索すれば結構出てくるので、気になる方は検索して見てみて下さいね!


以上、港区三田に伝わる「有馬の猫騒動」のお話でした!






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