でこぼこ三人衆 Presents


- 第7話 兜と鎧-



⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩⛩


さて、今回はここ兜町が舞台。




さて、一体何があるのか?
確かに見渡す限りの新旧入り混じったビルだらけの町




そして、兜町と言えば、株の町。
東京証券取引所をはじめ、多くの証券会社がある町。

ですが!




そんな兜町にあるのが、こちらの鎧橋。
この橋は証券会社へ行くために日本橋川を渡るための橋。

なのですが!



今回はそんな「鎧橋」のお話しです。

正直、下調べもせずに名前だけで期待値を上げてしまい、取り上げたものの、
こんなにも真面目な町にきな臭い怪異に纏わる話があるかは不安でもある。
なので、多くは期待しないで欲しい。と、
最初に言っておきますね(既に言い訳してるのもどうかと思いますが…)

大切なお話なので、忘れる前に言っておきました!


では、Wikipediaより、この橋の歴史を。




「この付近は、古くは茅の生い茂る沼地で、江戸時代に徳川家康の江戸城築城計画に合わせて埋め立てられた。




橋が架かる以前は、渡船「鎧の渡し」が両岸を結んでいた。




鎧の名の由来には2通りの言い伝えがある。
一つは源頼義が奥州討伐の際にこの場所で暴風雨に遭い、
自分の鎧を海中へ投げ入れ竜神に祈りを捧げたところ風がおさまったのが始まりとする説、




もう一つは平将門が兜と鎧を奉納したのが由来とする説である。




あれ?源頼義?

なんか聞いた話だな~と思ったら、以前に古墳巡りで行った上中里の平塚神社の話を思い出した。
と言うのも、この神社は源義家、源義綱、源義光を祀るが祀られ、社殿の裏手には甲冑塚古墳がある。

でも、頼義じゃなくて、義家や義綱、義光だから関係なかったか(失礼)


ちょい横道にそれてしまったけど、もう一つの諸説で平将門が兜と鎧を奉納したとある。
という事は「兜」もやっぱあるって事だよね。


で、調べてみると、すぐ近くに「兜神社」と言う神社があることが判明!


という事は…

これが将門の兜なのかな?




とりあえず来てみた。
鎧橋と兜神社の間にあるのは東京証券取引所と言うのがまた何ともですね。




ここは「兜神社」。

日本取引所グループのHPにも紹介があるという、なんかすごい神社。

でもって、紹介内容はこちら。

東京証券取引所本館の北、道路を挟んで日本橋川の辺に小さな神社がありま)。
これが証券界の守り神とされる兜神社です。」

「こちらの神社の御祭神は、主が商業の守護神の「倉稲魂命」で、
合祀されている神様は、大国主命(大黒様)と事代主命(恵比寿様)です。」




兜町の兜神社と言うだけに、とにかく「兜」の主張が凄い。
入口の扉に「兜」が。




ここにも「兜」。




賽銭箱にも「兜」が…。
もちろん、ちゃんと参拝はしておきます




また、境内には「兜岩」と言われる岩があり、こちらには幾つかの由来があるんです。

それは以下の3つ。




1.後三年の役にて、源義家が奥州から凱旋してきたとき、
東夷鎮定の祈願を兼ねて記念のため、
兜を楓川の辺の土中に埋めて塚を作ったそうです。
これを当時の人達は兜塚と呼んだのですが、
いつしか兜岩となったとのことです。




.2.前九年の役にて、源義家が奥州征伐に向かう際、
岩に兜をかけて戦勝を祈願したことから、
この岩を兜岩と呼びようになったとのことです。




3.承平の乱にて、藤原秀郷が平将門の首を打って京都へ運ぶ際、
その平将門の打首に兜を沿えていたのですが、
この地で罪滅ぼしにと兜だけ土中に埋め塚を作って供養したそうです。
この塚を当時は兜山と呼んだそうですが、そこに兜神社が建ち、
いつしか兜岩だけが残ったとのことです。


お!3つ目の諸説に平将門が出てきた。

なんか個人的な勝手な解釈だけど、鎧橋と兜神社(兜と鎧)が結びついた気がしたが、
よくよく考えたら別に将門が奉納したわけでは無いので、
やっぱ兜は将門のものとは違うんかな。
でも、首塚もそんな遠くない場所だし可能性は0ではないかも。

しかし、鎧の渡付近に平将門を祭った言われる鎧稲荷もあったというし…
ほんと平将門の謎は尽きませんね。

あ、そういえば怪異的な話は全くなかったな。今回の話。
そんな事もある(ほぼ毎回だけど)って事で!




ではでは!
ではまた、次回も宜しくお願いします!







民話伝承999🄫