でこぼこ三人衆 Presents


- 第4話 寛政の鯨-



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今回は品川は東品川の「寛政の鯨」という、ちょっと変わったお話しです

さて、目的地となる「利田神社」へは北品川駅が最寄りなんですが、
今回はあえて新馬場駅から北馬場参道通りを抜けて行きます。




旧東海道に入ると、東海道品川宿本陣跡や品川宿石碑、
御殿山下台場砲台跡などの史跡を
散策できてなかなか見どころがあるので、お勧めの散策コースです。




江戸時代にはこの辺りには「溜屋横丁」と言う横丁があったそうです。
確かに近隣には青物横丁なんて駅もありますし、
品川宿の通りは当時こういった横丁で賑わっていたのでしょうか。

ちなみに案内板にはこう書かれてます。




「江戸時代の北品川宿三丁目と歩行新宿一丁目の境の横町で、
品川宿通りから目黑川に下り利田新地への鳥海橋が架けられていた。」

残念なことに横丁らしい感じはなく、ちょっとした商店街といった雰囲気ですね。




そうこうしているうちに到着したのが、今回の目的地である「利田神社」。




先ずはざっと、この神社についてご説明を。

「利田神社は、江戸前期に沢庵和尚が弁財天を祀ったことが始まりと伝わっています。
もともとは旧目黒川の河口の海に突き出た砂洲に祀られていた弁天社で、
江戸名所図会や歌川広重の浮世絵にも描かれています。
明治に変わり利田神社となり、現在の祭神は市杵島姫命。
利田の名は、当時この辺りの開発に尽力した利田利兵衛の姓から取ったものです。」

なるほど、ここまでは鯨の「く」の字もまだ出てきませんね。


でもって、




「境内にある鯨塚は、江戸を驚かせた三大動物の一つ「寛政の鯨」の骨を埋めた上に建てられた供養碑です。
ちなみに「江戸の三大動物」とは、享保の象、文政のラクダ、
そして今回の寛政の鯨が今も地元で語り継がれているんだそうです

その上に建てられた「鯨塚」には、俳人・谷素外の
「江戸に鳴る 冥加やたかし なつ鯨」という句が刻まれており、
現在東京に現存する唯一の鯨碑としてしながわ観光協会などでも紹介されています。




ではでは、ここからが本題ですが、寛政10年5月1日、品川沖で体長九間一尺(約16.5メートル)、
高さ六尺八寸(約2メートル)の鯨が現れたお話をば




寛政10年(1798年)5月1日、暴風雨の後に品川沖に迷い込んだ鯨を、
品川の漁師たちが総出で天王洲の浅瀬に追い込み生け捕りにしました。




評判を聞きつけた第11代将軍・徳川家斉が大変興味を示し、
鯨は生きたまま船で浜御殿(現在の浜離宮恩賜庭園)の沖まで運ばれ、上覧されました。




江戸中の人々がひと目見ようと品川沖に押し寄せ、見物客を運ぶ船で漁師たちが大儲けするなど、
江戸の町を巻き込む一大イベントとなりました。




捕獲された鯨はその後弱って死んでしまいましたが、
その頭部(あるいは骨)が現在の東京都品川区にある利田神社に埋葬されました。








で、先ほどの話の中にも登場したのがこちら

お!出てきました。
今回紹介するのはここの神社もそうですが、真の主役はこの「鯨塚」になります。




が、しかし!ここで重大なミスが発覚!
すっかり、この石碑がそうかと思ってました…。が、なんと!やらかしました
この右横にホントの「鯨塚」があったんだそうです。




まあ、そこは仕方なしとして...
気を取り直して、品川浦の生活なんかも説明がされているので
読んでみると当時の状況がよりわかると思います。




こちらは利田神社の横にある「品川浦公園」。




公園内の遊具もまた鯨です。




なかなかにデカい鯨のモニュメントもありますが、これってセミクジラでは?
寛政の鯨ってセミクジラだったのかな?それならばでかいっちゃでかいですね。
(案内板にも体長が約16.5メートルってあったしな)




さて、「しながわの昔ばなし」の文中では
「前の晩の暴風雨によって、一頭の大きな鯨が、品川沖に紛れ込んだのです。」
とあるのですが、
これって何だか蒲田に現れたシンゴジラの第2形態を思い出しますね
(今となっては古い話ですが)




品川沖に紛れ込んだ鯨ですが、
さらには洲を飛び越えて逃げて浅瀬に乗り上げたというんだから、
もはやただ事ではない騒ぎだったんでしょう。
しかも当時はそこまで鯨もそうそう見るような生き物では無かったと思うし




なかなかもって散策の機会が少ない(西東京の方は殆どですが…)
品川におけるお話しでした。

が、そう言えばいつの間にきゃさりんは来たんだっけ?




もちろん、今更のリアクションにご立腹のきゃさりんでしたが
残念ながら今回はセリフなしです
だって、もうお話自体がもう終わりなんで

とは言え、それでは納得がいかないご様子ですが、
そうこうしてる間に最後の締めに入ります!




じゃあ、その締めを自分がやるって?
いやいや、それはダメだよ
そもそも何のお話をしていたかさえ、良く分かって無いでしょうし…

とまあ、そんな感じで品川駅の方は仕事なんかで良く知る町ではありますが、
ちょっと離れた場所になると知っているその街並みとは大きく変わって新鮮だったりします。
特に天王洲なんかは新しい建物ばかりと思っていたので、
こういった歴史があることに驚きました。
やはり、歩いてこの目で見て知ることはまだまだ多いですね。これからも日々勉強です。



ではでは!







民話伝承999🄫