でこぼこ三人衆 Presents


- 第6話 左内坂-

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今回は江戸時代の風情を感じさせる、少し切なくも不思議な河童の伝承は、
儒学者の島田左内という人物に纏わる、『左内坂』のお話を紹介します!

昔々、島田左内という侍がこの坂の近くに住んでいました。
左内は大の釣り好きで、ある日、市ヶ谷の堀(外濠)へ釣りに出かけました。





左内が釣りをしていると、
ふと気づけば見慣れない不思議な子供がそばに立っていました。
左内はその子供が河童であることを見抜きましたが、
追い払うことはせず、仲良く一緒に釣りを楽しみました。





それからというもの、左内が釣りに行くと必ずその河童が現れるようになり、
二人は種族を超えた「釣り仲間」として深い友情を築いていきました。




ある時、左内が病に伏せってしまいました。
それを知った河童は、左内を元気づけようと、
毎晩のように新鮮な魚を左内の枕元に届けたといいます。





しかし、江戸の街が発展し、堀の環境が変わっていく中で、
河童たちは住処を追われることになります。
伝説によると、左内との交流があった河童も、やがて姿を消してしまいました。




左内は自分を慕ってくれた河童を不憫に思い、
その供養のために坂の近くに小さな祠を建てたのでした。





また、話は他にも存在し、河童が左内に感謝して去っていったなど、
いくつかの結末が語り継がれています。


そういう話がある事の、歴史的な背景として、
坂名の由来として、実際にこの地に屋敷を構えていた
名主・島田左内の名から取られており、

地形: かつて市ヶ谷付近には豊かな水場(江戸城の外濠)があり、
湿地帯も多かったため、

河童の伝承が生まれやすい環境にあったのだとか。


そして、もう一つのお話がこちら

事の始まりは市ヶ谷の外濠沿いでした。
夕暮れ時、水面がオレンジ色に光る中、
甲羅を濡らした妙な影が「ひたひた」と草むらから上がってきます。





発見したのは通りがかりの男、異様な姿に目が行く
最初は大きな亀かと思いましたが、二足歩行でふらふらと歩き出す姿は、
間違いなく河童!!

目が合うと、河童は「クワッ」と短く鳴き、水に戻るのではなく、
なぜか陸地側へと走り出しました。





河童が逃げ込んだのは、市ヶ谷駅前から住宅街へと続く左内坂です。
左内坂は都内でも有数の急坂です。
河童は短い足でペタペタと必死に地面を叩き、意外な速さで上っていきます。




坂の中腹に差し掛かると、河童の動きが目に見えて鈍くなりました。
頭の皿の水が、激しい動きと傾斜のせいでこぼれ始めていたのでしょう。
息を切らしながら追いかける男。
周囲の通行人が「なんだあれは?」と驚く中、坂の頂上が見えてきたあたりで、
ついに河童が足をもつれさせました。

閑静な住宅街の入り口あたりで、ついにその背中を組み伏せました。
捕まった途端、観念したのか「あちゃー」という顔をして、
河童は皿を押さえながら小さくなって震えていました。




左内坂の上で捕まえたその河童、その後どうしたのかが非常に気になります。
お濠まで連れて帰って、逃がしてあげたのでしょうか?
それとも、何か約束(お詫びの品や、相撲の約束など)を交わしましたか?

結果的には辻番に引き渡す事になるが、辻番のこのあたりで遊んでいる河童は
悪さをしないという事でお濠へ逃がしたという結末なんだとか。

※ 山ン本誠樹の『怪の壺 狐狸猫河童』(中村満重『続向燈吐話』巻之五よ)にあるお話です。




さて、それではこの物語の舞台を散策してみましょうか!

先ずはこちらが今は市ヶ谷駅前にある外壕ですね
どちらの話にも共通しているのは、こちらから河童が現れたという話でした




地図を見ると非常に分かり易いのですが、
外濠を出てほぼ真っすぐ進むと、そこは今回の舞台である『左内坂』です




そこまで急勾配な坂か?と言うと少し語弊があるかも知れませんが、
まあ、ダッシュで走るにはなかなかな坂ではありますね
自分の感覚がおかしかったのか、高低差13メートルで、
その傾斜は平均斜度が4.7度となるそうです





残念ながら、『左内坂』の説明には河童に触れた文面が無いのですが、
まあ、そこは仕方なしって感じではあります

とは言え、少し先の曙橋の合羽話や、禿坂など付近には河童伝承も多く、
(そもそも弁慶濠の河童も居たというし)それらに近しい話なのかも!





ではでは!いつか何処かで河童に出会える日を夢見て
また、何処かでお会いしましょう!






民話伝承999🄫